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~ ただなんとなく、イナカたる所に住んでいる猫田ジャレの非日常なる日常 ~  

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『とうげの旗・スポット』 の記事は、152号(2009年秋号)~162号(2012年冬号)までの計11号、約3年間にわたり取材、執筆させていただきました。

ここに、 『とうげの旗』 表紙と写真入りの本文、当時のHPに載せていた “取材秘話” および 『とうげの旗』 終刊のご挨拶とそのことについてのブログ記事をを掲載させていただきます。(当雑誌編集部に掲載許可済み)



『とうげの旗・152号』

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※ 取材秘話  
子どもとガチで触れ合うのは、20何年ぶり。
ちょぃ(かなり?)ドキドキしながら行ったのですが、行ってみたら近所の知ってる子ども達がわんさか。みな無邪気に寄ってきたりして、とっても楽しかったです。

 6年生の取材は、担任の先生の協力もあり、とてもスムーズに進みました。こちらが願っていたような意見が、子ども達の口から自然と出てきたことには、ものすごく感心、感動しました。子どもってスゴイっ!

 同行してくださった、カメラマンで現とうげの旗編集長の松永さんも「いい取材ができましたね。」とおっしゃってくれ、初仕事だけに、大変嬉しかったです。
 まさに、子どもの発言から導き出されたテーマといえましょう。
こういう予期せぬ展開に出逢えるのが、取材の醍醐味、ですよね。

『上田小学校』・・・(学校訪問)木曽町

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※ 当時車椅子でみんなで助け合っていた奥原君ですが、残念ながら中学2年の時に病気で亡くなられました。
ここに謹んでご冥福をお祈りいたします。

『とうげの旗・153号』

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※ 取材秘話  
黒猫大明神は何年か前、私が猫好きなのをよく知っている知人が偶然見つけて、連れて行ってくれた神社です。猫好きにはたまらない膨大なコレクションに「うはうは」しつつも、山間の静かな部落の一角に、人知れずひっそりと立つそれは、とても神秘的な、なぞのお堂にうつりました。

 その秘密を探るべく、今回奮闘してみました。答えは、意外と近くにあったことにびっくりしつつ、調べるうちに、鉱脈を彫り当てるがごとく、なぞが解明した瞬間は、まさに「ヤッタァ!」って感じでした。

 あまり取材を受けない、という館主の村松さんが校正原稿を見たあと、「どうなるかと思っていましたが、さすがですね。親父もきっと喜んでいると思います。」とおっしゃってくださったのは、嬉しかったですね。
さらに、このページを印刷したものをファイルに入れて、旅館に置いて、おとづれた客に見せたいとおっしゃってくださったのも、大変嬉しかったです。
 何事も、あたって砕けろ!ですね・笑。

『黒猫大明神』・・・(観光名所)長野市・松代温泉

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『とうげの旗・154号』

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※ 取材秘話 
2006年6月に、知人の行っているダンススタジオ「ビーチハウス」の、茅野で行われた公演を見に行き、大変感動しました。かつてダンスを習っていたので、舞台を見て、「私はやっぱり、ダンスや舞台が大好きなんだ」と確認できたからです。
そして失礼ながら、こんな地方で多彩なダンスを展開するスタジオは、ちょっと気になる存在でした。
あるとき、ひょんなことからスタジオビーチハウスのHPを見つけたときに、P3という、子どものためのプロ養成講座があることを知り、やっぱり、こんな田舎でそういうクラスがあることに大変驚き、感動したものです。
 スポットのお仕事をいただいてから、そうだ、ビーチハウスのP3クラスに行こう!と思ったのも、だから、ごく自然な流れでした。

 行ってみたら、とてもきれいで立派な設備の整ったスタジオにまず驚き、スタジオ全体に漂っている明るい雰囲気、親切なスタッフの方々、そして思ったとおりの、いえ、それ以上にステキだったスタジオ主催者の竹内敬衣子先生、ご子息の啓明先生にお会いしてお話をうかがうことができ、大変感動しました。
舞台を見たときに、あのステキで憧れの、雲の上のように思えていた先生方に、このように取材する立場で会おうとは、当時は夢にも思わなかったので、喜びもひとしおでした。特に、敬衣子先生のスタジオやダンス教育に関する信念には感銘させられました。
ここで、立派なスタッフ、ご子息、また、優秀なダンサー達が数多く巣立っているのもうなづけます。
それから、プロとして活躍する竹内啓明さんのダンスは、とても素晴らしかった。子ども達の取材なのに、気がつくと啓明さんばかりを見てしまうほど。やはり、雰囲気があって、セクシーで、全然違います。近くで見られてラッキーでした♪

 そしてなんといっても、子どもたちの表情がいい。本当にダンスが好きで、楽しんでやっている、というのが生き生きと伝わってきて、踊りの技術も高度で素晴らしいし、長いレッスンを何回も見学したけれど、見ていて飽きることがまったくなく、楽しくて仕方がありませんでした。
取材という立場を利用して?こんな風に舞台の裏側がのぞけるなんて役得だなぁ!と思ったほどです。
 とにかく、とても楽しい取材でした。そして、私らしさが出た記事になれたと思います。

スケジュール的には読みが甘くて、かつてないほどハード、強行?スケジュールで大変でしたが(^^;)それも今となってはいい思い出です。

『スタジオ・ビーチハウス』・・・(ダンススタジオ)諏訪市

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『とうげの旗・155号』

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※ 取材秘話 
長野県内の名所などを訪問する「訪ねてみよう」シリーズの2回目。
一回目の黒猫大明神は私とカメラマンさんの2人だけで行ったのですが、今回から、ふと、どうせなら子供たちと一緒に名所を尋ねてみてはどうか、と思い立ち、「子ども探検隊」と銘打った仲間を募集してみました。子供と一緒に訪問した方が絵的にもいいし、読者(子供たち)にとっても、よりいっそう親しみがわいて面白く読めるだろう、と思ったのです。←我ながら、いいアイデアでしょ?

 それで今回は7人の仲間達と訪問しましたが、とても楽しかったです。子供たちが、生き生きと動物と触れ合ったり、飼育員の方に質問したりして目を輝かせているのは、見ているこちらも嬉しく、楽しくなります。中でも、中学生のお姉ちゃん達の方がはしゃいでいたカンジです。(^^;)絵本の読み聞かせにも、聞き入ってましたし。
 やはり動物って、みんなが好き、ですね。私も実は、子供たちと一緒に豆汽車の「弁慶3号」に乗せてもらったりして、童心に帰れた一日でした。

 
 さて、「スポットコーナー」、やっと担当一年たったわけですが、まだまだ毎回、ドキドキもんですねぇ。(^^;)
でも、それ以上にわくわくして、大きな発見や喜びがあるので、とても楽しいです。
短くてわかりやすい文章を書く、という点でも、普段中々気をつけられないので、いい勉強になりますし。
 実は、もうひとつ、とっても楽しい企画を考え中で、うまくいけば来年2月発行の158号あたりで実現できるかな、と思っています。
ただし、全体的に『とうげの旗』読者減ってるんで、応募者があるかどうか、とても不安なんですが・・・。(^^;)

『飯田市立動物園』・・・(観光名所)飯田市

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『とうげの旗・156号』

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※ 取材秘話 
子ども探検隊の第2回目。
先方が土、日が休みだったため、夏休みを利用しての見学となりました。前回同様、たくさんの応募があり、お母さん方も含めた、にぎやかで楽しい見学となりました。お母さんの中で、自分の子どもの頃に「とうげの旗」を読んでいた、という人がいて、大変うれしかったです。

 また、夏の会で出された批評を元に、今回初めて、信州児童文学会の中の「一歩の会」という合評グループ(主に若手が多い)の人に記事を読んでもらい、書き直してから提出したので、充実した内容になれたのではないかと思います。自分では気づかない点を言ってもらえたのがよかったので、今後もこの方法をとろうかと思っています。

 いつもの慣わしで、記事の載った「とうげの旗」と記念の集合写真を探検隊のみんなに送ったところ、藤巻岳大くんからお礼のハガキが届きました。「あめつぶのピコ」のイラスト入りで、自由研究うまくできました。と結んでありました。
子供からお便りをもらったのは初めてだったので、大変うれしかったです。また、がんばって取材しよう、いい記事を書こう、という励みになりますよね。

『きのこのホクト』・・・(工場見学)長野市

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『とうげの旗・157号』

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『北小おんばしら』・・・(学校行事)諏訪市

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※ 取材秘話 
まつり当日、朝起きたら、ものすごい土砂降り。
小雨決行、とは聞いていたものの、こんなに大雨ならとてもやれないだろう。でも、雨天の場合、「延期」ではなく「中止」だというので、そしたら記事の穴をどうやって埋める? なにより、何ヶ月も前から準備してきた子供たちや先生、父兄達の落胆ぶりを思うと、心が痛んだ。
「どうか、中止になっていないでほしい」、祈るような気持ちで学校と父兄に確認の電話を入れる。「中止になるとは聞いていない。」いずれの答えも同じだった。
よかった、というのと、え~っ、こんな雨でもやるのぉ?との、両方の気持ちが交差する中、急ぎ会場へと車を飛ばす。(雨の国道は怖くてニガテなので慎重に)
ついたころ、雨の中、合羽を着て元気に掛け声をあげ、木やりを歌う子供たちの、坂を下ってくる一行に行き会った。ほ、ほぅーーー。
子供たちだけでなく、同じように合羽や雨傘を身につけ、ぞろぞろと付き従がって降りてくる、父兄達の姿にも感動する。「こんな雨の中をやるんだ。」と呆れていた自分を恥じる。
木落しや曳行にも付き合い、建て御柱も見守った。その間、雨は強弱を繰り返しつつも、一行に止む気配はない。だんだん、寒さと腰痛で意識が朦朧としてきて、周りの人にインタビューする気力も失せてしまい、ただただ、早く終わってくれないか、と思ってしまう始末。

最後まで見届けなければ、という使命感だけに支えられて立っていた。
6人の先生達を乗せたままの、最後の、6年生の柱が立ったときは、感慨もひとしお。万歳三唱にも力がこもる。長い一日であった。

7年に一度の御柱祭の、学校行事としてはおそらく最大級で、35年もの歴史を持つ“北小おんばしら”だけに、当日は、地元TV局をはじめ、新聞社など、多くの報道陣が集まっていた。
そういう「ホンモノ?」っぽい報道陣に圧されたせいもあるかもしれないが、自分の取材態度の甘さについて、大いに反省させられた日となった。
特に早朝から丸一日つきっきりで、傘も差さずに果敢に写真を取り捲っていた、現「とうげの旗」編集長でカメラマンの松永ひろしさんの姿には、感心させられた。松永さんは、もともと長野県じゅうを歩き回り、写真やガイドブック、地図などを作る仕事をしているのだが、本家の御柱祭にも何度もついて歩き、写真を取り捲っている、いわば「その道のプロ」。
今回の記事はいつになくこだわりがあったようで、普段はほとんどでないダメ出しが、めずらしく何度も出て、「一歩の会」で批評されて直した文をさらに直すという、スペシャルな内容になれたと思う。
いやぁ、まだまだ、奥が深い。勉強してもし足りませんな。

今回の色んな反省を元に、これからも、ますます充実した取材と記事書きを目指します。

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『とうげの旗・158号』

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※取材秘話  
 2010年冬、バンクーバー五輪フィギュアスケートで、日本人の浅田真央が銀メダル、高橋大輔が日本(アジア勢)男子としては史上初の銅メダルを獲得し、大いにわきかえりました。
その興奮と快挙の中、にわかフィギュアファンになった私は、その後フィギュアスケートのアイスショーをナマで見に行くほどフィギュアに熱中。
そういえば、スキーやスピードスケートが盛んな長野県だけど、フィギュアってやっている子、いるのかしら?そんな素朴な疑問を持ち始めた頃、長野県内のニュースを流す夕方のTV番組で、県内にある「フィギュアスケートクラブ」のことが放映されました。
長野県にも、あったんだ!!という驚きと喜び。なかでも興味を引いたのは、運営団体が企業ではなく、民間(確か父兄と聞いたように思う)だということでした。
いつか、ぜひ取材に行ってみたいなぁ。そんなことを思いながらTVを見終わったのですが、一年後、その夢が実現しました。録画もメモも取らずに見ていたことで、うろ覚えに、確か場所は軽井沢だったよなー、と町役場に電話。
果たして・・・その会が存在していたことの喜びは、まさに筆舌しがたいものがあります。
そして今回の取材は、寒気忍び寄る激寒のリンクサイドでの1時間半を、ものとも思わせないほどの楽しさでした。同じ長野県内とはいえ、Kからは非常に行きづらい遠方の場所となるため、泊りがけの取材となったことも、逆に楽しい思い出となったほどです。

 いつも思うのですが、いい取材(人との出会い)というのは、何物にも変えがたい喜びを与えてくれます。また、違う場所で、新たな出会いを求めるべく、取材に出かけたくなります。

 これで、スポットを担当させていただいて、2期、7号の企画が終了しました。
さてさて、3年目には、どんな出逢いが待っているでしょうか・・・??? 
どこに出かけていこうかなぁー、と思いをめぐらしながら、期待に胸を膨らませています。

『アイル軽井沢』・・・(フィギュアスケートクラブ)軽井沢

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『とうげの旗・159号』

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※ 取材秘話
40年間続いた『とうげの旗』が、今年度を持って終刊することになりました。(詳しいことは下に書きます)

 ですので、私の「スポット」取材も、とても残念なのですが、今号を入れて、あと4回で終わりになってしまいます。
「終わるまでに、ぜひもう一度、わが郷土の町を取り上げたい」、という思いと、せっかく『松商ナインの本』を出しているのだから、一度は少年野球を、という思いから、K町出身のプロ野球選手、松本匡礼君と、彼の昔入っていた学童野球にスポットを当てました。
 この中で一番言いたかったのは、「がんばれば、Kの山奥に住んでいても、夢は叶う。」ということ。
松本選手は、それを身を持って教えてくれました。それは同時に、Kの地で今を生きる子ども達や、大人たちへのエールでもあり、私自身への励ましの言葉でもあります。

 みなさん、夢は、あきらめたら、いけませんよ。
たとえ、どんなことがあっても、回り道をしても、夢は持ち続けたい。
そしてそれに向かって努力したならば、叶わない夢などない、と信じたいです。

 旧松商学園高校野球部の、名将中原英孝監督は
「報われない努力はない。努力すれば必ず報われる。報われないのはまだ努力が足らないからだ。」
と書いた紙を、野球部の寮に貼っていました。
日本一の野球部の影には、このような教えが生きていたんですね。

私もくじけそうになると、いつもこの言葉を思い出しています。
その、努力し続けるということが、ほんとは一番難しいんですけれどね。(がんばりましょう!!)

『御岳クラブ』・・・(学童野球)木曽町三岳

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『とうげの旗・160号』

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※ 取材秘話
松本の会員の人に、何か記事になるような面白い題材はないかしら、と聞いてみたところ、サイトウキネンフェスの、市民による吹奏楽パレードについて、教えてもらいました。
そして、人づてに、「マーチングバンドだったら清水小学校が定評がある!」と聞き出し、今回の取材となりました。その、巡り合わせに、感謝したいです。

「マーチングバンド」という存在もはじめて知り、歩きながら演奏し、カラーガードなどもつく、音楽と踊りとが一体となったような、こんなかっこいいバンドがあったなんて!と感動しました。もともと音楽、中でも金管バンドのような力強い響きの大好きな私は、約4時間にも及ぶ練習の見学も、聞いているとまさに血が騒ぐ、といった感じで、楽しくて仕方がありませんでした。

本番のパレードは、「雨天中止」で、その場合の室内演奏には清水小は出ない、と聞いていたので案じていましたが、当日は晴天。
パレードに付き添って、松本市内の目抜き通りを一緒に歩いたのも、楽しかったです。
中でも、少人数の清水小が、大所帯チームにも負けないほどの大きな音で演奏をしていたこと、ドラムの子がみんな女の子ばかりで、重い楽器を懸命に担ぎながら演奏していた姿には、感動しました。
パレードが8月末だったため、大急ぎで原稿を仕上げたり、校正したり、おおわらわだったことなども、あとになってみるといい思い出です。

『清水小金管バンド部』・・・(マーチングバンドクラブ)松本市

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『とうげの旗・161号』

161号 表紙.gif

※ 取材秘話 
大学サークル児童文化研究会の一つ上の先輩、Aさんは、長野市で小学校の先生になっていますが、とてもユニークな方なので、彼のクラスを取材させてもらえないかとお願いした所、それよりももっと面白い企画がある、ということで「ながのキッズ造形フェスタ」を紹介していただきました。
Aさんは芸術学科卒業で、このフェスタの実行委員長。在学中よりマンガも得意で、チラシも彼が作成したそうです(この記事の中では、タイトルの下に出ているフェスタの看板の絵が彼の手によるものです)。

当日会場に行って、なんの準備も面識もない人にいきなり声をかける、というので、自分としてはかなり勇気のいった取材でしたが、学校図書館の司書をやっていて『とうげの旗』をよく知っている、というお母さんが、取材の腕章を見つけて、向こうから声をかけてきてくださったのには感激しました。他にも、美術の指導者の方々のお話を伺ったり、製作過程を見学したり、自分も「もの作り」が好きなので、楽しい取材となりました。

また、事前に校正原稿を見ていただいたところ、県美術教育研究会会長のA先生からは「自分の初赴任地がKだった。」という事と共に、記事内容についてもお褒めの言葉をいただき、本誌が終刊になるのは残念だとおっしゃってくださったこと。
この企画を行っている県美術教育研究会長水支部支部長のG先生(たまたま同じ和光大学芸術学科卒業の方だそうで、びっくり!)からも丁寧なお手紙と、「ぜひこの記事を研究会や全国大会の資料として使わせてほしい」とおっしゃってくださり、二重の喜びでした。

当日は昨夜半から大雨で、朝の7時まで開催が危ぶまれ、結局一時間遅れでしかつけなかったのは非常に残念でしたが、やきもきして大騒ぎしたのは、今となればいい思い出です。
(ついでながら私事で非常に恐縮ですが、朝は始発の鈍行で出かけ、取材を終えた後で夕方からアルフィーのコンサートに出かけるという超!ハードスケジュールだったのも、よい思い出?です。(^^;)善光寺参拝もできたし、おそばも食べた!!
コンサートが、同じ長野市内でヨカッタ。)

『ながのキッズ造形フェスタ』・・・長野市

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『とうげの旗・162号』(最終刊)

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※ 取材秘話
信州の会に2年ほど前に入会したIさんの自宅が、長野市大岡(旧大岡村)という、かなり辺鄙なところにあって、そこに山村留学制度というのがあるらしい、というのを、別の会員のYさんから教えていただき、興味をそそりました。

母校の、小さな山の小学校からスタートした私の「スポット取材担当」を、都市部の子ども達中心ではなく、やはり、山の中で暮らす子ども達を取材して締めくくりたいものだと、同じような山間部に住む人間として強く思いました。
都会から、大自然での生活を求めて移り住み、共同で生活している子ども達。
この、やや特殊な生活を、できるだけ自分も間近で見て、肌で感じてみたいと、平日の午後から訪問し、子供たちと一緒のご飯を食べ、一緒のつくりの部屋に泊り、朝も早起きをして一緒にラジオ体操をし、朝飯を食べ、スクールバスの停留所までの約3キロの道を、子ども達と一緒に歩いて登校する、ということを体験させてもらいました。
たった一日のことだったので、子ども達の心情に近づくのはとうてい不可能ではありましたが、少しでも垣間見られたこと、そして、こういう中々普段はできない体験ができたことは、それなりに楽しかったです。
子ども達は、自分から希望してきたとはいえ、やはり何らかの事情も、多少は抱えている様子。それでも、みなが仲良く、とても素直で、生き生きと楽しそうに暮らしていたのには、正直驚きました。
やはり、「大自然の中」で、「実体験」を通して生活していくことは、人間の心を大きく成長させていく、最大の手助けになるのかもわかりませんね。
TVやゲーム、パソコンやケータイのない生活、というのも、今の世の中ではまず、不可能なことだとは思いますが、ひじり学園の子ども達はそんな中で生活し、現代社会から忘れられていく、創造性や想像力などを培っていっているのだと思います。

なお、ひじり学園の美しい外観、特に、雪をかぶった、晴れた北アルプスの、壮大な風景をレンズに収めるため、取材後に、納得するまで正味5、6回も写真だけを撮りにかの地をおとづれたという、カメラマンの松永さんの心意気には、ひじり学園に宿泊し、体当たり取材を体験した私でも、完全脱帽、でした。




『大岡ひじり学園』・・・(山村留学)長野市・大岡

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『とうげの旗・終刊のお知らせ』




《 重要なお知らせ 》 

  40年もの長い間、長野県の子ども達に愛読され続けた『とうげの旗』が、残念ながら終刊することになりました。ここに許可を得まして、信州児童文学会会長、羽生田敏(さとし)先生の「終了宣言」を掲載させていただき、ご挨拶に代えたいと思います。


  購読者の激減により、財政的に『とうげの旗』の発行が困難となってから、なんとか雑誌を発行し続けたい、との会員の強くて熱い思いの下、存続の方向を探ってまいりましたが、2年に及ぶ協議の末、これ以上の存続は不可能である、との結論から、やむなく、涙を呑んで、終刊する運びとなりました。
 
  私は2006年から信州児童文学会の会員となり、『とうげの旗』152号(2009年秋号)より、『スポット』というコーナーを担当させていただくことになりました。たまたま、書いていく上での自分の方向性などで悩んでいるときでしたので、この、「スポット」コーナーを担当させていただくことにより、大袈裟に聞こえるかもしれませんが、まさに、自分の存在価値と居場所を与えていただき、生きる勇気をも、与えていただきました。同時に、文章を書く上でも、大変勉強になりました。ほんとうに感謝しています。
 
  担当し始めた頃、「まさに水を得た魚! この場所は10年は譲らない・笑。」と、他の会員に豪語してましたが、雑誌そのものがなくなってしまうだなんて、あのとき、誰が想像したでしょうか。本当に残念でなりません。
 
  信州児童文学会の会員達は、これからは、「同人誌」という形で児童文学の研鑽を積むことになっていきますが、その冊子は子どもの手に直接届くわけではありません。私も、そのような形態になった場合、どのように参加させていただくか、まだわからないのですが(既に「サークル・拓」の同人誌にも入っているため)、何らかの形で書き続けてゆくことに、変わりはありません。
 
  そして、あますところ「あと3号」ですが、「スポット」を書ける機会がございますので、それを精一杯やり遂げたいと思います。
 大先輩の先生方の熱い思いを受け継ぎ、『とうげの旗』の、長い歴史に恥じぬように。
 
  みなさま、ぜひとも応援のほど、よろしくお願い申し上げます。  
 
  『とうげの旗』「スポット」担当記者:田中玲子
 ( 終刊が決定した後の「159号」のHPでの紹介記事、巻末に載せた文章です。)



《 終わりに 》

40年の長きに渡り、信州の子ども達に愛され続けてきた雑誌『とうげの旗』は、今号を持ちまして終刊となりました。
長い間のご愛読、ご協力、ご支援を、どうもありがとうございました。

私たち「信州児童文学会」の会員は、これからも「子ども達の心に響く文学」を目指し、日々、努力してまいります。
引き続き、変わらぬご理解と、ご声援をよろしくお願いいたします。

いつの日か、再び皆さまと、廻りあえる日が来ますことを、心より願っております。m(_ _)m   信州児童文学会会員 田中玲子

« 峠の頂きに、ぼくらの旗がはためいている。 »

ブログ記事 「2012年02月18日 | 本・文学・取材等カテゴリー」 より

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よく晴れた風の強い日に、峠に旗をたてたんだ。

空と同じ色をした、ここでがんばるぞという誓いの旗を。

ぼくは、ここにいる。

ぼくは負けたりしない。     

        

《 表紙の言葉・小林葉子 》





信州児童文学会発行『とうげの旗』。
最終号の162号が、発売になりました。
表紙の絵を描いてくださった、小林葉子さんの言葉が、胸に沁みます。

雑誌は廃刊になるけれど、私たちは、書くことをやめません。
むしろ、もっと前へと、進んでいきたいと思っています。

時代の波に、安易に流されず、
かといって、現代社会に生きている子どもや大人たちを、決して見ないのではなく、
むしろ、しっかりと見つめていく中で、文学の持つ力を信じ、
そういう世の中や、そこに生きる人々に対して、訴えていけるだけの「言葉」を持ちたい。
その言葉を紡ぎだせる、豊かで確かな、目と、心を持ちたい。

自分のような人間に、何ができるかはわからないけれど、やはり、書いていく中で闘って、自分自身も、何かを掴み取ってゆきたいし、それを、読んでくださる方たちと、共有できたらいいな、と思います。

私の言葉は、どれだけ人の心に、届くことができるのだろう。

これからも、私の闘いは、終わることがありません。