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~ ただなんとなく、イナカたる所に住んでいる猫田ジャレの非日常なる日常 ~  

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15年越しのラブレター 『松商ナイン1991年の快進撃~球児たちの15年~』 浅井利之               田中玲子作 郷土出版社

松商(松商学園高校)は、夏の甲子園大会出場回数が全国最多タイの三十三回を誇る甲子園の常連校。大正末期から昭和のはじめまで黄金時代が続くが、その後は目立った活躍もないまま、いつしか出ると負けの〝まけしょう〟とかげ口をたたかれるようになる。この作品は、そんな松商が5年ぶりに甲子園に姿をみせ、春夏の大会で快進撃をみせた1991年大会のドキュメントである。 

 出ると負け。春の選抜が始まるまで、誰も松商の快進撃を想像するものはなかった。まして、大会で対戦が予想される相手は愛工大名電、前年優勝校の天理、大阪桐蔭、国士舘といった強豪揃いである。けれども、いざ蓋をあければ大方の予想はうらぎられることになる。下馬評にもあがらなかったチームが強豪を相手にあれよあれよと勝ち進むのだが、彼ら自身でさえ、2回戦で天理を破ってはじめて、「もしかして俺たちって強いのかも?」と思い始めたというのだから、そのときの周囲の驚きもさぞ大きかったに違いない。「あんな覇気のないチームに負けて、悔しい。」そんなことばを試合後に相手チームの監督に言わしめたというなんともユニークなチームカラー。「大きな声を出したからって、ただ疲れるだけですからね」と選手が語っているように、松商の強さとは強打者を揃え、屈指の好投手を擁したチームのそれとは異なるものであり、徹底した情報分析に基づくID野球に裏打ちされた強さだったのである。

さて、作品の構成は、大会での松商の全試合をふりかえった第1部、そしてナインたちのその後を取材した第2部からなっている。スポーツの醍醐味を文字で伝えるのは困難な作業だが、第一部では刻々の選手たちの心理や監督の采配をまじえながら、試合経過を臨場感あふれる筆致で描き、選手たちの表情や人柄をも伝えてくれる。野球に関心のない読者にも興味深く分かりやすい内容となっているのだが、なかでもマネージャーや補欠選手、控え選手など、ふだん光のあたらない部員たちを丹念に取材し、彼らの思いをとらえていることが作品に厚みをもたせていて、スポーツノンフィクションであると同時に、青春ドラマをみているような爽やかな感動を与えてくれる作品となっている。

選手層の厚いチームでは、わずかな力の差がベンチ入りの当落を決めるという。当然レギュラー争いは熾烈で、不運にもベンチから外されれば強化メニューの対象外となる。他校に移ればレギュラー級といわれる部員たちが、活躍する場も与えられないまま道具運びやユニホームの洗濯、情報収集や分析などの裏方に徹しなければならない。それでもいつかレギュラーになるために、ひたすらライト打ちを練習してきた補欠選手がいるのだが、彼が国体ではじめて試合に出場してライト前ヒットをはなったとき、ひたむきに努力する姿をみてきたベンチの仲間たち、そして監督までもが泣いたという逸話には思わず目頭が熱くなった。勝負にこだわりながら、決して勝ち負けだけではない人間ドラマがそこにはあるのである。
 本書は、松商ナインと出会い、「きらめく青春に恋をした」作者の、「15年越しのラブレター」である。作者の想いにふれて、夏の高校野球をまた別の角度から楽しめるのではないか、そう感じさせてくれる作品だった。




この文は、全国児童文学連絡会季刊誌『季節風』夏号に掲載されたものを、浅井さんご本人の許可を得て全文掲載させていただきました。
 (
なお、本物はA5判の二段組、縦書きになっていますのを、HP掲載ということで横書きにさせていただきました。悪しからずご了承ください。)


※書評を書いてくださった拓同人でもある浅井利之さん、本書を取り上げてくださった季節風編集委員並びに書評委員会の皆さま、どうもありがとうございます。
ご高覧いただきまして、誠にありがとうございました。



追記:この書評を書いてくださった拓同人で古くからの友人でもある浅井利之氏は昨年秋急逝されました。大好きだった八ヶ岳での登山中でした。

ここに謹んでご冥福をお祈り申し上げます。